禅を世界に広めた仏教哲学者・鈴木大拙の回顧録
『A Zen Life - D.T. Suzuki』
マイケル・ゴールドバーグさん(監督)

海外ではD.T.Suzukiの名で親しまれ,禅の心を英語で解説し続けた偉人・鈴木大拙(本名・貞太郎1870 - 1966)が没して40年。生前の大拙の貴重な映像を収集し,遺族や関係者へのインタビューを通して彼の人間像を克明に記録した同作は,日本史上にとっての財産となるだろう。

---日本在住25年との事ですが,ビデオアートのイベントがきっかけで日本へ訪れたそうですね。

M.G. 「イベントに参加する人材を探すため,'71年に5ヶ月滞在したんです。欧米からは百数十人の希望者が集まったのに日本からは参加がなく,それなら直接コンタクトしようと。そのイベントではソニーに協力してもらい,機材なども貸していただきました。まだ銀座のソニービルができたばかりでしたね。有名な映像作家らも参加し,日本初のビデオアート展『ビデオ・エクスチェンジ』を開催しました。それを機に,映像コンペの審査員や筑波大学講師などのお話もいただいて,カナダと日本を行き来するようになり,'82年に日本へ移住しました」

---永住を決めたのは仕事の関係ですか

M.G. 「結婚したんです。ディクショナリー・ロマンスでした(笑)お互い,相手の国の言葉を全然喋れない。でも友人に『お互いをわかってしまったら,絶対に結婚しないよ』と言われ,なるほどと思って。実際,英語の喋れる知人は離婚したけど,僕達は25年経ってもまだ一緒にいる(笑)」

---奥様は日本人なんですね

M.G. 「はい。子供達も全然英語がダメ。最初はワイフが英語を勉強しようとしたんですが,日本に住んでいるんだから僕が日本語を覚える方が自然かなと。でも今も読めない書けない。わかるのは平仮名と漢字が2つ3つ(笑)。初めて銭湯へ行った時に"男"と"女"という漢字だけ教わっていったんです。でも書いてあったのは旧字で読めなかった。まあ、五分五分の確率だから大丈夫だろうと勘で入ったら『きゃ〜っ』ハズレでした(笑)」

---鈴木大拙に興味を持ったきっかけは

M.G. 「日本に嫁いだ外国人女性を追った前作『外国人妻達の歳月(NHK・ETV特集)で大拙と取上げたくてコンタクトしたのが始まりでした。彼も国際結婚でしたから。結果的にそれはかなわなかったのですが,そのときに大拙の著作を読んだんです。百年も前に生きた人なのに,彼の考え方は現代にも十分通用する。』大変感銘を受け,彼を直接知る人々も高齢となっているし,撮るなら急がねばと。

---恥ずかしながら,鈴木大拙さんを存じませんでした・・・

M.G. 「今の若い人は知らないでしょうね。50〜60代以上の方なら,大学で一度は勉強したはず。特に哲学や仏教学では神様的存在で,坐禅をやっている人はみんな知っています。ただ,話のレベルが高く,日本語だと逆に理解するのが難しい。英語の方は非常に解説がシンプルで、むしろわかりやすいですよ」

---お幾つで亡くなられたのですか

M.G. 「95歳。鈴木大拙の主治医は日野原重明先生(ベストセラー『生き方上手』の著者)だったんですよ。日野原先生は現在94歳。75歳以上でないと入会できない『新老人の会』の創始者でもあるのですが,その会は大拙からインスピレーションを受けて立ち上げたそうです。

---貴重な記録作品になりましたね。チケットも売り切れで。

M.G. 「頑張りました(笑)始めて大きなスクリーンで見たんですが,音響がいい出来で,本当に嬉しかった。11月29日には,日本語字幕を入れて赤坂のカナダ大使館で上映します。たぶんまたテレビでも放映になると思います」

* * *

マイケルさん自身もNHK番組『ハローにっぽん』に出演した経緯がある。その番組で『日本で墓に入るつもり』と発言し,周囲を沸かせたとか。ちなみにこのインタビューは全て日本語である。恐れ入りました!